最果ての工房

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五里霧中  

今日書くことは久々に暗いというか愚痴っぽいので、苦手な方は
お気をつけあれ。
少し前から、「俺って1日何してんだろうなぁ」とぼんやり考えるようになった。
朝起きてめし食ってネットしてまた寝てめし食ってブログ書いて…。
滅茶苦茶働いてる人からすれば、何とも贅沢な悩みだなぁと思われるだろう。
だがちょっと違うのが俺の病気の事である。
周りからは「無理するな」「ゆっくりでいいから」と気遣いを貰う。
しかし自分はその分を還元できているだろうか?
とある漫画の台詞を借りるなら

「お前が無駄に生きた『今日』は昨日死んだ誰かが生きたかった『明日』なんだ」

…俺は本当に1日を大切に生きているだろうか。
現状に満足せず、また自分から満足を求めることもなく怠惰に生きているのではないか。
苦しみ・辛さは嫌というほど味わった。
ならば次は嬉しさ・楽しさを得るために行動しても良いのではないか。
誰かから与えられるのではなく、俺自身が何をやりたいか・何を得たいかというのを掴みたい。
そんな欲求が胸の奥から張り裂けそうなくらい沸き上がってくる。
だけども。
俺にはまだ俺というものが分からん。
思春期によくある「自分探し」ってわけではなく単純に自分に何が出来て何が出来ないのか
分からないのである。
仕事に就くか。
正直今の状態(体調含め)では医者に止められる。
じゃあ1日何をする?
ルーティンにハマり込んだ生活を打破する一手、それが今の俺には無い。
ここだけの話、やはり他人様を羨む事もある。
「あの人はとても充実しているんだろうなぁ」
そう思っても自分から同じレベルになる気概が無い。
とんだ弱虫野郎である。
そこまで蔑まなくてもいいならば、多分『心』という物の中で相反する気持ちがぶっつかって
それが苦しいのであろう。
「やってやる、やってやるぞ」と「分からない、怖い」が見事に共存して足を引っ張り合っている。
簡単に言えば俺の『心』はそんな争いに自分から辟易して思考停止に陥っているのではとも思う。
家族やクリニックの先生、近しい人は「治って来ている前兆だよ」と励ましてくれる。
俺自身は「人に絶望した時からそんなに変わっていない」と拒絶する。
結局は「病気が治っているかそうでないか」で、また堂々巡りのルーティンなのだ。
勿論励ましの言葉は嬉しいという事は特記しておきたい。
話を戻すと、それらの繰り返しから如何に抜けだすかが今後の課題となってくる。
これは俺だけで解決出来そうもないので、専門家である先生とすり合わせていくしかないだろう。
「いつか何かを手に出来るまで」俺の悶々とした日々は続きそうだ…。
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コメント

>波瀬さん
仰られる通り、ネガティブ思考があっても自分の身の振り方について考えられるのは
余裕の表れなのかもしれませんね
内職…盲点でした
早速何か探してみたいと思います
ありがとうございました!

結祁(ゆうき) #- | URL
2013/03/01 08:51 | edit

なんだかんだ言って考える事が出来るって心に余裕がで出来てきた証拠じゃないかな?
外に出てバイトなりするのがまだ無理だったら自分家で出来る内職とかすればいいんじゃね?
(一個何銭ってレベルだろうけどw)

波瀬太郎 #- | URL
2013/03/01 02:26 | edit

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