最果ての工房

益体もない雑記がお好き?結構。ではますます好きになりますよ。さあさどうぞ

ちょっと考えてみる  

今日はちょっとだけ「学校」について考えてみようと思う。
ただ、昨今のいじめや体罰についてではなくもっと根本の
「何故学校に行くの?」
という所をメインに俺の考えをば。
別に説教するつもりはないので、お茶でも飲みつつ付き合っていただければ幸い。

ネットでたまに「学校に行くのが辛い」っていう悩みを目にする。
確かに辛い。
学校の勉強は退屈だし、人間関係も面倒くさい。
何より好きな事が出来ない時間が多すぎる。
かく言う俺も学校嫌いで、何度不登校児になってやろうかと思ったことか。
実際不登校になった友達は何人か居たし仲間入りしたかった。
だけども、色々考えてそれをしなかった。
何故かというと俺には俺なりの、子供っぽいけど価値観の芽があったからだ。
学校に来なくなったor辞めた友達にはやむにやまれぬ事情というものが存在した。
そういう人々と俺の価値観は明らかに違う。
比べてどっちが良い悪いの話ではなくただただ「違った」のだ。
価値観(何がやりたいかとか自分自身どうしたいか)は人それぞれあって当たり前。
それに気づいたのは皮肉にも、高校をサボって1日遊び呆けてみた結果だった。

話のピントを前述の悩みに当ててみよう。
自分の価値観に気づいているなら、俺は「無理に学校行かなくてもいいんじゃない?」
と提案したい。
数日休む、結構。
思い切って辞めてしまう、大いに結構。
勉強したいと思ったなら特に学校にこだわる必要はない。
下手をすれば人間関係でさえもどうにかなってしまうのだ。
ただし、何の考えも無しに辞めてしまったりするのは早計。
あくまで自分で納得してからにしないと学校よりも大きなものを失う。

気持ちの整理がつくまで、ネットで愚痴るのもまた青春の1ページだよ。
それで嫌気が差して離れていく人は所詮その程度の付き合いさ。
悩んでちょっと凹んで、それを繰り返してこそ価値観の芽は成長するんだと思う。
学校に行かなければならない、行かない奴は落伍者だっていう風潮こそ時代錯誤かも?
自分自身へのアプローチの仕方は十人十色。
色んな人の意見を聞いて、自分で考え(ここ重要)、辿り着くものなんじゃないかな。
2回目になるけど考え無しのわがままと、価値観に基づいて行動するってのは違うのだから…。

とここまでぐだぐだと持論を展開してきたけど、誰でもない俺が学校行ってても
今はこんな状態だから、人生って分からないもんですよ。
でも大事なのは折れてしまってもそこをいたわれる優しさではないかと。
勿論、自分に対しても他人に対してもね。
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